2008年07月04日
知らないモノにはなれない
何で読んだのか忘れてしまいましたが
もし今“登校拒否”なんていう言葉が無かったら
ここまで、学校に行かない児童の数は増えていなかったであろう・・・
という内容のコラムか記事だったと思う。
似たような状況の児童は、どの時代にもいたはずである。
ワシが幼稚園の頃、ズル休みばかりしてる子がいた。
小学生の時も、転校してきて馴染めずあんまり学校に来ない子もいた。
中学生の時も、勉強についていけなくなって来るのがイヤという子もいた。
少数ではあるが、いつの時代にもいたはずである。
それが、さも大問題のようであるかのように新聞・TVを始め
各マスコミで、しょっちゅうとりあげられるのと比例して
急増したような気がするのである。
今と昔では情報の浸透する速度はケタ違いに早くなってきている。
先生の体罰なども昔からあったし、悪い事をしたら怒られても
少々痛い目にあっても当然と思っていたし、だからこそ
学校という場における教育が守られていたとも思う。
↑常軌を逸したやり過ぎはあきまへんけどね。
今では事件になってはかなわんので
ことなかれ主義の先生ばかりになってしまっている。
全部が全部、そうでないにも関わらず
なにかあると(特に悪い事)すぐマスコミは大々的に取り上げる。
そう考えるとマスコミは、負の連鎖を巻き起こす大名人であるかのようだ。
昔を振り返ってみて、その時“登校拒否”というコトバが広まっていれば
長い学生生活の中でそうなっていたかもしれない時期があったかもしれない人は
たくさんおられると思う。
そういう言葉がなかったのと、そういう事をしている人がいるのを
知らなかったからならずに済んだ人って結構いると思う。
まさにコトバが、人生を作るのである。
“プチうつ”とか“勝ち組・負け組”とかいろいろレッテルが存在するが
マスコミが流すコトバにとらわれないようにしたいモンである。
知らないモノには、なりようがないのだから。
もし今“登校拒否”なんていう言葉が無かったら
ここまで、学校に行かない児童の数は増えていなかったであろう・・・
という内容のコラムか記事だったと思う。
似たような状況の児童は、どの時代にもいたはずである。
ワシが幼稚園の頃、ズル休みばかりしてる子がいた。
小学生の時も、転校してきて馴染めずあんまり学校に来ない子もいた。
中学生の時も、勉強についていけなくなって来るのがイヤという子もいた。
少数ではあるが、いつの時代にもいたはずである。
それが、さも大問題のようであるかのように新聞・TVを始め
各マスコミで、しょっちゅうとりあげられるのと比例して
急増したような気がするのである。
今と昔では情報の浸透する速度はケタ違いに早くなってきている。
先生の体罰なども昔からあったし、悪い事をしたら怒られても
少々痛い目にあっても当然と思っていたし、だからこそ
学校という場における教育が守られていたとも思う。
↑常軌を逸したやり過ぎはあきまへんけどね。
今では事件になってはかなわんので
ことなかれ主義の先生ばかりになってしまっている。
全部が全部、そうでないにも関わらず
なにかあると(特に悪い事)すぐマスコミは大々的に取り上げる。
そう考えるとマスコミは、負の連鎖を巻き起こす大名人であるかのようだ。
昔を振り返ってみて、その時“登校拒否”というコトバが広まっていれば
長い学生生活の中でそうなっていたかもしれない時期があったかもしれない人は
たくさんおられると思う。
そういう言葉がなかったのと、そういう事をしている人がいるのを
知らなかったからならずに済んだ人って結構いると思う。
まさにコトバが、人生を作るのである。
“プチうつ”とか“勝ち組・負け組”とかいろいろレッテルが存在するが
マスコミが流すコトバにとらわれないようにしたいモンである。
知らないモノには、なりようがないのだから。


